
「ガン患者に光を与える親鸞聖人のお言葉」
ある中学校で講師を依頼された時のことです。講義のあと、一人の男の子から質問を受けました。
「先生、人間は死んだらどうなるのですか」
興味半分の聞き方ではなかったので、
「医学では、人間の死後については一切教えていません。私が学んでいる仏教では、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上界の六道を、その人の過去の行いに従って輪廻すると教えられています」
と答えると、ほかの生徒も関心があったのでしょう。皆一言も話さず真剣に聞いていました。別のクラスでも同じ質問を受けました。

死は万人の確実な未来ですから、多感な子供たちも漠然とした不安を感じているようです。
病院でガン患者に接していると、それは一層深刻な問題となります。死の恐怖と24時間、対峙しなければならない苦しみは体験した人でなければ分からないでしょう。
特に夜に不安が増すといわれます。明かりが消えた病室で、気を紛らわすこともできず、悶々と死の不安におびえるのです。しかも、その苦しみから解放されることは決してないと知ったら……。
消灯後の病棟では、洗面所で、何時間もじーっと立っているガン患者を見掛けます。不安に耐え切れず、常夜灯の明かりでも求めずにおれないのです。
普通、末期の患者になると、医者もだんだんと病室から足が遠のいていきます。かける言葉が見つからないからです。
しかしそれでは、患者さんは心身ともに救われません。
病院勤務医時代、私は、そういう病室に、できるだけ足を運ぶように心がけていました。そして縁ある人に親鸞聖人の教えを話すのです。
聖人のお言葉には、死の恐怖におびえる人の心に、光を与える力があるからです。
例えば、「大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静に、衆禍の波転ず」。
"
阿弥陀仏の本願を聞信すれば、親鸞聖人と同じように、後生不安な心が破られ、光明輝く人生に変わるんですよ。そして、未来は必ず浄土往生できる身になるんです"とお話ししました。
その時のご縁で、全快したあと、法話に参詣されるようになった方もあります。
心に希望が生まれれば、病気と闘う力もわいてくるでしょう。医学で後生の不安を解決することはできませんが、命を延ばし、延びた命で弥陀の救いにあっていただいてこそ、医学の真の意味があると思います。