携帯から初投稿!

image995962319.jpg今日は、私の携帯(iPhone)からの初投稿です。

道を歩いて「お!」と思ったこと、「はっ!」としたことも、その場でアップできるの
で、より臨場感あふれる情報にご期待くださいませ♪

私のブロガー度の、一層の向上に努めたいと思います!

写真は、いつも学徒の友人と信心の沙汰(仏教を聞いてわからないことを 互いに話し合って解消すること)をしているフクラ家という定食屋さんのとあるメニューです。

食材にこだわり、しかも、お値段もそんなに高くなく、私のお気に入りの お店です。

チェーン店なので、皆さんの地元にもあるかもしれませんね。

というわけで今日はモバイルでのデビューでした。

(今日はすべてiPhoneで書きました。(^_−)−☆)

ドメイン大掃除と すてきなディナーで充実の時間を!

来る7月11日(土)に、富山県射水市の親鸞会の聞法ドメインの大掃除&見学ツアーを行います。 

私達が親鸞聖人の教えを聞かせていただき、聞かせて頂いた内容について大いに語り合い、理解を深めるために使わせて頂いている聞法ドメインを、きれいにさせて頂く御縁です。 

来年3月に完成を迎えるF館の工事の様子、既に数々の果樹が植えられているビニールハウスなども見学したいと思います。 

そして、お楽しみの夕食には、宮坂シェフの極上ステーキが待っています。 やったー!(^0^)/ 

厳選された食材でのディナーで、皆さんとのふれあいが一層、充実したものになること、間違いなし! 

でも、食べ過ぎないように注意して下さいね☆(自戒をこめて……) 

雨だれの説法

28日の日曜日に、高森顕徹先生から音羽の明詮という人の「雨だれの説法」のお話を聞かせて頂きましたので、それについて振り返ってみたいと思います。

その昔、明栓という人があり、真剣に仏道修行をしていましたが、三年経っても救いにあうことができず、「自分は駄目な人間なのかもしれない、今はこれまで」と、決心して先生に永遠のおいとまを願って出ました。

師僧は残念に思いましたが、余りにも明詮の決意の程が堅いので慰留をあきらめ、それを許しました。

しかし、さすがに永年苦楽を共に修行した師や法友と別れるのはつらく、明詮は泣きながら寺を出ました。

ところがその時、俄かに大雨が降って来たので、止むなく山門の下に腰を下し、雨の晴れるのを待ちます。

その時、何気なく山門の屋根から落ちる雨脚を見ていた明詮は、雨だれの下の石に大きな穴があいているのに気がつきました。

「こんな堅い石に、どうして、こんな穴があいたのだろう。

まぎれもない。それは雨滴の仕業ではないか。

このやわらかい水滴が、この堅い石に穴をあけたのか。何という驚くべき事実であろう。

そうだ、自分は二年や三年の修行努力でへこたれて断念したが、この水にも恥ずべき横着者であった。

仏法の重さを知らなかった。後生の一大事を軽くみていたのだ。

たとえ、水のような力のない自分でも、根気よく求めてゆけば必ず魂の解決が出来るに違いない。」

と奮然として、その場を立った明詮は、水から受けた大説法を師匠に話し、深く前非をわびて努力精進して、後に音羽の明詮といわれる大徳になったと言われています。

何事も、続けるということは苦しいことであり至難の業です。

この世の事でも成功する人が少ないのはその証拠でしょう。

楽なことでも続けると苦になるのですから、真実を求め続けるということは更に難しいことを教えられています。

このお話を聴聞して、大変勇気づけられました。

8月2日(日)親鸞会館で追悼法要

8月2日(日)は、富山県射水市の親鸞会館で追悼法要があります。

ご逝去された方をしのび、無常を凝視し、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただく勝縁が追悼法要です。

立派な葬式や法事を勤めれば、先祖の恩に報いることになるだろう、という考えが常識になっていますが、
親鸞聖人は決して、そうは教えられていません。

親や先祖の恩に報いようとするならば、親の最も喜ぶことは何か、先祖の最も望むことは何かをよく知らねばならないでしょう。

それはあえて亡くなった人を呼び出すまでもなく、私たちが子供や家族に何を望んでいるかを考えれば分かります。

「正しく生きて幸せになってほしい」。

これに尽きるのではないでしょうか。

お釈迦さまは、それには本師本仏の阿弥陀仏の本願を聞信する一本道しかないと教えていかれました。

阿弥陀仏の救いにあい、永久の闇より救われて苦悩渦巻く人生が、そのまま
絶対の幸福に転じ、明るく強く、たくましく生き抜かせていただける身になることが、それらの方の最も喜ばれることになります。

8月の法要にちなんで、皆さんからよく寄せられる質問にお答えしましょう。

お盆は何をする日?

お盆とは、正しくは盂蘭盆(うらぼん)といい、『仏説盂蘭盆経』から起こったものです。

ウラボンという梵語は「倒懸(倒さに懸かれる者)」ということですから、『盂蘭盆経』とは、倒さに懸かれる者を救う方法を教えた経だということです。

では、倒さに懸かって苦しむ者とは、だれのことでしょう。迷いを迷いとは思えず、真実を真実と信じられぬ者は、仏眼からごらんになると、皆、倒さに懸かって苦しんでいるのです。

地位や財産、妻子など、有れば有ることで悩み、無い者はそれらを求めてなお苦しむ。

どこに真実の幸せを喜んでいる人があるでしょうか。

お盆は、亡き祖先を救う日ではなく、今現に倒さに懸かって飢え、渇き、苦しみ続けて未来永劫流転せんとしている、わが身自身を救う「聞法精進の日」であることを忘れてはなりません。

読経はだれのため?

「葬式や法事の読経は、死者のためになる」というのが常識になっています。

しかし、これを迷信だと徹底打破なされたのが、仏教を説かれたお釈迦さまなのです。

なぜ迷信といわれるのか。それは、お経がどのようにして成立したかを知れば明らかでしょう。

お経とは、釈尊が、苦しみ悩む生きた人間を幸福にするために説かれた教法を、弟子たちが後世の人にと、書き残したものです。

だから、死人になされた説法は一つもありません。

では、葬式や法事の読経は全く無意味なのかというと、勤める人の心構えにかかっています。

厳粛な葬式を縁に無常を感じて聞法すれば、有り難い勝縁になります。

お経に説かれている真実を聞かせていただき、ますます信心決定せねばならぬことを知らされてこそ、意味があるのです。

追悼法要について、詳細をお知りになりたい方は、下記連絡先までお問い合わせください。

この追悼法要には、県外からも多数の参加者があります。

日時、場所、会場へのアクセスや参加方法について詳しくご案内致します。

■連絡先
・メール:yutaka_sato@me.com
・電 話:080-3125-2331
・担当者:佐藤 裕

この記事をご覧になった方のお問い合わせ締め切りは、7月10日(金)です。

お早めにお問い合わせください。

言い訳

降誕会では二日間参詣し、大変有り難い御縁でした。

今週もまた、頑張りたいと思います。

ところで今日、取引先の人で、ある仕事をできなかった理由を沢山述べる人がありました。
それらは全て、自分以外の他者に原因があったする他因自果の主張です。

これは言い訳であり、誤魔化し。
人が言うのを聞くと、よくわかります。他人事にしてはならないと、聞いていて思いました。

失敗した時、原因が他者にあったと考える方がラクです。
しかし、結局、そこから逃げ回ると、同じ条件が重なる時にまた失敗してしまいます。

原因を自分にあると受け止めるのは辛いことですが、因果の道理に狂い無し。
悪因悪果・自因自果ならば、私のどこに落ち度があったか。
今一度反省し、行動を変えなければならないと改めて思いました。

降誕会に行ってきます!

昨日は早めに消灯し、今日の運転に備えました。

幸いにして、東京の方は今晴れています。

以下のサイトで見ても、今日は雨は降らないようです。
http://www.bioweather.net/amedas/amedas0.htm

道中、安全運転で行きたいと思います。

今回は、初めて富山の親鸞会館に行く友人と一緒です。

車中でのみんなとの語らいが、長距離の運転も疲れさせません。

どんな会話が飛び出るか、楽しみ楽しみ!

ではでは、皆さん!

明日、二千畳の大講堂でお会いしましょう!(^0^)/

降誕会出発前夜

降誕会二日前の今晩、そろそろ出発準備をされている支部の皆さんも多いかと思います。

私もその一人です。

明日の夜レンタカーで出発するため、今晩のうちに荷造りし、明日は職場に荷物を持っていきます。

そして、一番のポイントは勤行(おつとめ)だと思っています。

宿泊はサウナになるので、朝二回させて頂く方が丁寧になるかと。

明日は運転しますので、今日は早めに休み、安全運転を心がけます。

やるべきことは多々あろうかと思いますが、参詣される皆さんは今日だけは早めに休みましょう。

降誕会のプラン

今日は、降誕会に参詣する友人と一緒に、同朋の里のどこに行こうか考えていました。

仏教を聴聞したあとで、思う存分、聞かせて頂いた内容についてディスカッションすることを信心の沙汰と言いますが、今回は時間的に同朋の里で信心の沙汰をするのは難しそうです。

そこで、サンキューに立ち寄ってから、徳水館の大浴場にゆっくりつかり、旅の疲れを癒しつつ、その日の聴聞で出てきた質問にじっくり答えることにしたいと思います。

この日はホテルも予約していますが、ホテルのシャワーを浴びるよりも断然よいはずです。

そして、次回、同朋の里にまた立ち寄りたいとなってもらえればと期待しています。計画を立てるのがとても楽しいです☆

支部の皆さんにも紹介したいと思いますので、見かけたら声をかけますね。(^_^)

降誕会の演題

6月20日と21日に富山の親鸞会館で行われる降誕会(ごうたんえ)の演題は、次の御和讃です。

利他の信楽うるひとは
願に相応するゆえに
教と仏語にしたがえば
外の雑縁さらになし

御和讃とは、親鸞聖人が漢字と平仮名まじりで表されたもの。
朝夕のお勤めの時に拝読しているこの御和讃の中に、どんなお釈迦様の御心が教えられているか、しっかりと聞かせて頂きたいと思います。

今回は、二千畳の大講堂に初めて参詣する友人と一緒です。
彼は、高森顕徹先生監修の『なぜ生きる』を繰り返し読んでいます。

先日、友人達を招いての勉強会をした時にも、真剣に聞いていて質問をしていました。

金曜日の夜に、仕事を何とか終えて一緒に車で行きます。
富山までの道中、この前の質問の続きに答えながら行きたいと思います! (^ー^)/

降誕会に備えて体調管理

20日と21日は、親鸞聖人降誕会という二日間の行事が富山県であります。

金曜日の夜、仕事後に移動する人も多くあると思いますが、体調管理にはくれぐれも気をつけましょう。

正しい手洗いをして、インフルエンザから身を守りたいと思います。

正しい手洗いとは、

▼まず手の平を洗う

▼手の甲を洗う

▼指の間

▼指を一本一本

▼爪を洗う(手の平に五本指の爪を突き立てて)

▼特に親指を念入りに洗う

▼手首

▼以上が終わったら流水で流す

というように洗うことです。

今回、富山の会館でこの方法を聞いて以来、ずっと毎日続けています。

降誕会までは、いつもよりもさらに念入りに、しっかりと手洗いをやりましょう。