
29日は、電話座談会にて高森顕徹先生より、『歎異抄をひらく』の第一章について聞かせて頂きました。
意訳の一言一言が、親鸞聖人の教え・教行信証に根拠があることがわかりました。
しかしながら、歎異抄を読むと、「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とあるのを「本願に救われるには他の善は必要でない」と解釈してしまいます。善をしなくてもよいというのは、因果の道理・廃悪修善(悪をやめて善をしなさい)を説かれたお釈迦様の教えに反しています。
ここから浄土真宗の者は善をしなくなり、堕落が始まったと言われるのだとわかりました。
それにしても『歎異抄をひらく』が発刊されてから、すでに1年9ヶ月。その間、殆ど歎異抄の解説書が出版されていない事実に驚きます。
歎異抄をとりまく思想界は、今後どうなってゆくのか。目が離せません。