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どれだけ喜んでも疲れない

9月 7th, 2009

夕陽 (写真素材 足成)

昨日、親鸞会館での御法話の帰りに駅までタクシーを乗り合わせた方の中で、親鸞聖人の教えを聞き始めて4年目になるという方がありました。

その方は、

「今回の御法話では、親鸞聖人の言葉の選び方の慎重さに驚かされた。」

「『天におどり地におどる』と説明される、この世で阿弥陀仏に救われた喜びの心とは、一体どんなことなんだろう?」

と少々興奮気味に言われていました。

私も同じことを思っていたので、意気投合して駅に着くまで話していました。

特に、「おどる」と表現される喜びの心は、「どれだけ喜んでも疲れない」とお聞きして、どんな喜びだろうかと、とても想像ができませんでした。

どんな楽しみも、遅かれ早かれ疲れてきます。

それは肉体の喜びであり、阿弥陀仏に生きている時に救われた喜びとは全く違うのだということがわかりました。

なお、今回教えて頂いた喜びの心については、「救われたら本当に大慶喜がおきるのか 」という以下のページに詳しく書かれています。

どうぞお読み下さい。
http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0413.htm

毎朝30分掃除をするタクシー

7月 28th, 2009

先日、ある会社のタクシーを利用した際、毎朝30分車を掃除していると、ドライバーが言っていました。

運転席の後ろにある透明なアクリル板(?)がぴかぴかで、床にもゴミ一つなく、土足でよいのかと思うくらい。
チリ一つ飛ばないという感じでした。

空気が澄んだ感じがしたのは、徹底した掃除のためだったのです。

驚いたのは、毎日掃除をしていると細かいところが気になってくるそうで、割り箸の先に布をあててなかなか掃除できないところを拭いているのだそうです。

常に掃除をしていると、そんなところにまで目がゆくのかと感動しました。

仏教では、掃除はとても大切な善だと教えられていますが、このように実践されているのを目の当たりにして、余計にその大切さが知らされました。

同社には、女性ドライバーによる女性の為のサービスもあるそうです。一度利用してみてはいかがでしょう?

http://www.moro.co.jp/

自利利他

7月 27th, 2009

知人から、うそのような本当の話を聞きました。

タクシー代わりに救急車を使っている人があるというのです。

救急車側は、断ることができない制度らしく、ただ「疲れた」という理由で知人の目の前でその人達は乗っていったと言います。

健康な20代前半の若者が4人も!

税金を無駄遣いしている上に、本当に搬送すべき急病人、重病人が助からないことも出てくるでしょう。

それを聞いて、怒り心頭でしたし、何とか改められないものだろうかと色々と考えさせられました。

仏教では、欲の本性は「我利我利亡者」と教えます。

我とは自分のこと。利とは、利益・幸福という意味ですから、自分さえよければよいという心です。

私達は、そのような欲の心を皆抱えていますが、だからこそ、仏教では「自利利他」であることの大切さが説かれています。

他の人の幸せになるようにと思って善を実行するままが、私達自身の幸福になるということです。

大変難しいことですが、自分さえよければという心があるからこそ、自利利他を目指す者でありたいと思います。