24日は、神宮前で勉強会のご縁があり、「真実の自己」について聞かせて頂きました。
Hさんは、21日のご縁に参詣したことを大変喜んでいました。
「仏法はいつも『後生の一大事』が説かれているんだな」と言っていました。
Sさんは、高齢にも関わらず毎回頑張って参加されています。
21日にご縁があったことをとても喜んで「2000畳にも是非一度参詣してみたい」と言っています。
Fさんは「恩徳讃をうたいたい」と言う、大変仏縁深い方です。
続けて聞かせて頂く大切さが知らされました。
24日は、神宮前で勉強会のご縁があり、「真実の自己」について聞かせて頂きました。
Hさんは、21日のご縁に参詣したことを大変喜んでいました。
「仏法はいつも『後生の一大事』が説かれているんだな」と言っていました。
Sさんは、高齢にも関わらず毎回頑張って参加されています。
21日にご縁があったことをとても喜んで「2000畳にも是非一度参詣してみたい」と言っています。
Fさんは「恩徳讃をうたいたい」と言う、大変仏縁深い方です。
続けて聞かせて頂く大切さが知らされました。

8日は、新宿の角筈で勉強会がありました。リョウさんからのレポートを読んでみましょう。
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歎異抄二章を通して「後生の一大事」について聞かせて頂きました。
会場の近くに住むFさんは、小冊子をご縁に聞法のつどいに足を運ばれ、角筈には初めて参加されました。『正信偈』の意味が知りたいと言っていました。
Rさんは毎回参加しています。いつも真宗聖典を持参して、聞かせて頂いた根拠を一つ一つ確認しておられます。
Kさんも毎回参加です。今回は、三通りの念仏について仏法讃嘆し、これからも続けて聞きたいと言っていました。
Mさんは、「なぜ生きるか」と「どう生きるか」の違いについて、よくわかったと言っていました。毎日聴聞しています。
以上です。皆さん、理解をどんどん深めている角筈勉強会でした!
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三通りの念仏について仏法讃嘆されているとあって驚きました。
皆さんが親鸞学徒になりたいと言われる日も、そう遠くないかもしれませんね。期待しています。

昨日は、テレビ座談会でした。
高森顕徹先生より、仏教を聞く目的である後生の一大事の解決ということについて、詳しく教えて頂きました。
仏教で教えられている後生とは、70年や80年ではなく、「多生」「億劫」「昿劫(こうごう)」「微塵劫」「久遠劫」といった何億年かける何億年という気の遠くなるようなスパンのことであると教えて頂きました。
後生には一大事があり、その解決が仏教に教えられ、そのために生まれてきたと聞いても、生活の基盤を築くことで頭がいっぱいになっている自分がいます。
人生の目的とは何か。どうしたら解決できるのか。
続けて聞かせて頂きたいと思います。

今日はリョウさんからレポートが届いています。
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こんばんは、リョウです。
今日は渋谷区の神宮前にて勉強会のご縁がありました。初めての会場でしたが、親鸞学徒も未学徒も多数参加しました。
『後生の一大事』について聞かせて頂きました。仏法讃嘆の時間も頂き、大変盛り上がりました!
Iさんは、一昨年の夏ごろから続けて参加されています。
後生の一大事について、「死んだ後に大変な一大事があるということが少しづつわかってきました。」「27日の行事にも参加してみたい」と言っておられました。
FさんはIさんのお友達で、いつも一緒に参加されています。
「人間は、朝から晩まで煩悩に振り回されている。もう自分には時間がないから、後生の一大事の解決を真剣に聞き求めないといけない」と言っておられました。27日のご縁にも参加予定です。
MさんとSさん、Aさんも毎日聞法されています。
今年は会場も増えますから、沢山の方がご縁を結ばれるように念じています。
以上、今日のレポートでした。
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リョウさん、ものすごい熱意が伝わってきましたよ!
活発に仏法讃嘆されているのがよくわかりました。
皆さん、是非一度行ってみましょう。

昨晩は、新宿区角筈で勉強会がありました。
『正信偈』の最初の二行を通して、後生の一大事について詳しく聞かせて頂きました。
Mさんは、今回初めて参加されました。
親鸞聖人に関心があり、聞きたいと思われたそうです。休み時間も親鸞学徒とうちとけて、質問をしていました。
次回も参加したいとのことです。
毎回参加のHさんは、昨年の報恩講に続いてのご縁でした。日曜日にも参加したいそうです。
Mさんは、なんと3時間も歩いて参詣していました。びっくりです☆
親鸞学徒も多く参加して、盛り上がっています。
次回も聞きたいと言われるのが、一番嬉しいことですね。今後も皆さんの仏縁を念じます。
昨晩は、新宿駅西口徒歩15分の角筈で勉強会がありました。
後生の一大事について因果の道理を通して聞かせて頂いた後は、仏法讃嘆に花が咲きました。
仏教は、後生の一大事を知るところから始まり、後生の一大事の解決で終わる、と教えられます。
その後生の一大事について、因果の道理を通して学びました。
勉強会の後、みんなで仏法讃嘆に花が咲きました。
仏法讃嘆とは、理解していること・わからなかったことを、自由に語り合うことです。
Rさんは、「因果の道理と後生の一大事の関係について理解が深まりました」と言われます。
「後生の一大事解決したい。仏法は聴聞に極まる。聴聞しかないのですね。
高森顕徹先生から聞かせて頂きたい。」と一層の聞法を誓っておられました。
Rさんは、
「因果の道理と後生の一大事の関係についてよくわかりました」
と仏教を学ぶ喜びを語っておられました。
「後生の一大事の解決が仏教を聞く目的なんですね。
仏法は聴聞に極まる、と蓮如上人は教えておられると聞いて、
ますます仏教を聞きたくなりました。高森顕徹先生から聞かせて頂きたい」
と仏教を聞く喜びにあふれています。
報恩講にも是非参詣したいとのことです。
後生の一大事については、以下のお釈迦様のたとえ話をお読み下さい。
http://www.shinrankai.or.jp/b/bukkyo/gosyounoitidaiji.htm
Kさんは毎回必ず参加されています。
仏法讃嘆でも積極的に質問され、
「質問することが大事ですね。理解が深まります。」
と仏法讃嘆の大切さをしみじみと語っておられました。
自由に仏法を語り、質問し合い、そして理解を深めてゆく。
これが仏法讃嘆であり、仏法を聴聞する次に大切なことであると教えられる意味がよくわかります。
仏法讃嘆で、お互いに語り合える仲間に恵まれたことを幸せに感じます。
私も御縁ある方と仏法讃嘆を努めてしてゆきたいと思います。

昨日は、世田谷区の尾山台というところで、「白骨の章」についての勉強会がありました。
白骨の章とは、蓮如上人が書かれた有名な御文章の中の一つです。
以下のページに詳しく書かれています。
http://www.shinrankai.or.jp/news/200708tuitou.htm
続けてこられているOさんは、当初、「後生の一大事がなかなかわかりませんが・・・」と言われていました。
しかし、勉強会終了後には、「心で作っている種まきを見ると後生は一大事ということですね。」と納得されていました。
勉強会30分前から来られているAさんは、親鸞聖人報恩講をとても楽しみにされているそうです。
報恩講とは、親鸞聖人のご恩に報いる集まりのことです。詳しくは、以下をご覧下さい。
http://www.shinrankai.or.jp/b/noriko-tomomi/03houonkou.htm
28日の日曜日に、高森顕徹先生から音羽の明詮という人の「雨だれの説法」のお話を聞かせて頂きましたので、それについて振り返ってみたいと思います。
その昔、明栓という人があり、真剣に仏道修行をしていましたが、三年経っても救いにあうことができず、「自分は駄目な人間なのかもしれない、今はこれまで」と、決心して先生に永遠のおいとまを願って出ました。
師僧は残念に思いましたが、余りにも明詮の決意の程が堅いので慰留をあきらめ、それを許しました。
しかし、さすがに永年苦楽を共に修行した師や法友と別れるのはつらく、明詮は泣きながら寺を出ました。
ところがその時、俄かに大雨が降って来たので、止むなく山門の下に腰を下し、雨の晴れるのを待ちます。
その時、何気なく山門の屋根から落ちる雨脚を見ていた明詮は、雨だれの下の石に大きな穴があいているのに気がつきました。
「こんな堅い石に、どうして、こんな穴があいたのだろう。
まぎれもない。それは雨滴の仕業ではないか。
このやわらかい水滴が、この堅い石に穴をあけたのか。何という驚くべき事実であろう。
そうだ、自分は二年や三年の修行努力でへこたれて断念したが、この水にも恥ずべき横着者であった。
仏法の重さを知らなかった。後生の一大事を軽くみていたのだ。
たとえ、水のような力のない自分でも、根気よく求めてゆけば必ず魂の解決が出来るに違いない。」
と奮然として、その場を立った明詮は、水から受けた大説法を師匠に話し、深く前非をわびて努力精進して、後に音羽の明詮といわれる大徳になったと言われています。
何事も、続けるということは苦しいことであり至難の業です。
この世の事でも成功する人が少ないのはその証拠でしょう。
楽なことでも続けると苦になるのですから、真実を求め続けるということは更に難しいことを教えられています。
このお話を聴聞して、大変勇気づけられました。