Posts Tagged ‘本願’

これ一つ心に刻んで

12月 31st, 2009

画像素材足成・飛天

2009年もあと数時間になりました。

金融危機で世界中の経済が不安定になり、企業の業績は一気に下降し、 ボーナスが無くなったのは当たり前、仕事があるだけ幸いという大変な時代がきました。 来年もこの状況は続くと言われています。

経済がどれだけ悪化しようとも、生きていくのは何の為か。苦しくとも生きるのは何の為か。それは、阿弥陀仏の本願に救われ、無碍の一道に出て絶対の幸福になるためです。

来年もこれ一つ心に刻み、光に向かって進ませて頂きたいと思います。

今年は、ブログを現在のワードプレスというシステムに変更し、色々と仕組みを整えてきました。特によかったのは、各記事の下の方には関連記事が5つ自動で表示されるようにしたことだと思います。読みたい記事がすぐに読めるように今後も工夫してゆきたいと思います。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

忙しい中 少しでも聴聞を

12月 8th, 2009

写真素材足成・新宿駅構内

昨日は新宿区にて勉強会のご縁がありました。 リョウさんからのレポートです。

前半は「正信偈」の最初の二行について詳しく聞かせて頂き、後半は仏法讃嘆で大変盛り上がりました。

参加されたKさんは、前回に続けてお友達のWさんを誘ってこられました。 お友達が続けて仏縁を求められていることを大変喜んでおられました。 Wさんは、2回続けての参加です。 阿弥陀仏とお釈迦様の関係について詳しく聞かれていました。

「仏々相念」の意味を聞かれて、大変納得し、感動されていました。大変仏縁の深い方と思わずにおれません。

Fさんは途中からでしたが、仕事を終えて駆けつけてこられました。

「今日は30分聴聞できました」と喜んでおられました。 仏法讃嘆でも、「難度海の話は何度聞いても、本当にそうだなと思いますね。」「親鸞聖人は阿弥陀仏の本願をなぜ海に例えられたのか」など積極的に発言しておられました。

忙しい中、少しでも聴聞をと心がけておられる皆さんの様子が伝わってきます。

「徒にすぐる月日は多けれど 法を求むる時ぞ少なき」の歌を、師走の今思いました。

私も一日一日を大切に仏法を聞かせて頂きたいと思います。

救い摂られたら、どうなるのか

12月 7th, 2009

12月6日のあんしん弁当

昨日は電話座談会で高森顕徹先生が監修された『なぜ生きる』についての解説がありました。 1つの問いに対して、午前、午後と時間をかけて教えて頂きました。 いかに深い内容の質問であったかが、ここからもわかります。

阿弥陀仏の本願に救い摂られたら、どうなるのかということが焦点でした。 質問に対して、親鸞聖人が34歳のときになされた三大諍論の 信心同異の諍論について、詳しく教えて頂きました。

今回の電話座談会から、あんしん弁当を送って頂けるようになり感激です。 東京にいながらにして、こんなに美味しいお弁当を頂けるなんてとても有り難いことです。 会場の外に食べに行ってもこんなに栄養は摂れません。

仏法が大事だから健康が大事、健康が大事だから食べるものが大事と、 無添加と無農薬にこだわり続けるあんしん弁当の皆さんには頭が下がります。

一品一品、丁寧に作ってあり、味付けも濃すぎず、栄養のバランスが考えられているお弁当、美味しかったです。

歎異抄の根拠

12月 1st, 2009

写真素材・足成 紅葉

29日は、電話座談会にて高森顕徹先生より、『歎異抄をひらく』の第一章について聞かせて頂きました。

意訳の一言一言が、親鸞聖人の教え・教行信証に根拠があることがわかりました。

しかしながら、歎異抄を読むと、「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とあるのを「本願に救われるには他の善は必要でない」と解釈してしまいます。善をしなくてもよいというのは、因果の道理・廃悪修善(悪をやめて善をしなさい)を説かれたお釈迦様の教えに反しています。

ここから浄土真宗の者は善をしなくなり、堕落が始まったと言われるのだとわかりました。

それにしても『歎異抄をひらく』が発刊されてから、すでに1年9ヶ月。その間、殆ど歎異抄の解説書が出版されていない事実に驚きます。

歎異抄をとりまく思想界は、今後どうなってゆくのか。目が離せません。

遠きは近き道理

8月 24th, 2009

江ノ電 (写真素材 足成)

昨日は、富山の二千畳の会館にて、高森顕徹先生から親鸞聖人の教えを詳しく聞かせて頂きました。

仏教は、2600年前にお釈迦様が説かれたものです。

お釈迦さまの説かれた教えは、今日、7000巻余りのお経となって残っていますが、それを何回も読み破られた親鸞聖人は、お釈迦さまの説かれたことは、「阿弥陀仏の本願」一つである、と仰っています。

阿弥陀仏の本願は、すべての人を必ず絶対の幸福に救う、という強烈な阿弥陀仏の願いのことです。

それは、いったいどういうことなのか、今回も、先月に引き続いて、詳しく解説がありました。


今回は、同じ支部のKさんの車に乗せて頂いて参詣したのですが、東京から富山までは5時間半くらいです。

これが近いのだと知らされたことがありました。

昨日会った熊本から参詣している皆さんは、片道13時間半!倍以上の道のりを毎回往復しているのですね。びっくり☆

元気そうで、会えてとても嬉しかったのですが、今日も朝からブログを更新していて二度びっくり!ご苦労様です☆

http://blog.goo.ne.jp/k9mamo10/e/33e9fb0c62cb3226a7bb731447e24e87

蓮如上人が「遠きは近き道理 近きは遠き道理」と言われているのは、遠いところから苦労して参詣するから、より有り難く、大切に聞かせて頂けるのだよ、と言われます。

これを読むと、熊本の皆さんの熱気が伝わってきますね。元気を一杯もらいました。今週も頑張りたいと思います。

聞法ドメインツアー1

7月 13th, 2009


今日は、昨日一昨日、同朋の里を満喫してきた支部の皆さんの様子をコウさんからレポートしてもらいます。

—-

ユタカさんこんにちは、特派員コウです(^.^)v
 

この7月11日(土)は聞法ドメイン大掃除! 
  & 
F館見学会!! 
  & 
ステーキ会食会!!! 

を行わせていただきました! 

朝から晩まで大変に充実した一日を過ごさせていただきました。。。 
まだその余韻がさめやらぬコウですが、その様子をちょろちょろっとご紹介させていただきます!! 

さっそく一枚。。。 

親知らず子不知の風景

これは行きのバスの中から見た日本海の写真です。 

東京から富山までの道中では、親不知周辺の日本海の海岸線がワタクシ、一番好きでございます☆ 

あいにくフェンスが邪魔でちゃんと撮れず、写真ではわかりにくいですが、日本海がどーんと広がっています。
(ユタカより。このどんよりした雲が北陸ですね~。)

行きのバスでは吉崎御坊、石山本願寺を蓮如上人が建立された御心や、信心の沙汰がいかに私たちの求道にとって大事か、ディスカッションをしました。 

私たちが信心の沙汰をし、より教えを深く理解するための聞法ドメインである事を再確認させていただきました。 

私たち一人一人のための聞法ドメインなんですよね!

着いた!ドメイン

よし!着いた!! 

天気もいいし、 まずは草むしりからがんばるぞ!!o(^o^)o 

その前にF館を早く写して欲しいですって? (^_-)

・・・それでは1枚だけ! 

建設中のF館

詳細は、後々レポートします☆ 
お楽しみに!!!

8月2日(日)親鸞会館で追悼法要

6月 25th, 2009

8月2日(日)は、富山県射水市の親鸞会館で追悼法要があります。

ご逝去された方をしのび、無常を凝視し、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただく勝縁が追悼法要です。

立派な葬式や法事を勤めれば、先祖の恩に報いることになるだろう、という考えが常識になっていますが、
親鸞聖人は決して、そうは教えられていません。

親や先祖の恩に報いようとするならば、親の最も喜ぶことは何か、先祖の最も望むことは何かをよく知らねばならないでしょう。

それはあえて亡くなった人を呼び出すまでもなく、私たちが子供や家族に何を望んでいるかを考えれば分かります。

「正しく生きて幸せになってほしい」。

これに尽きるのではないでしょうか。

お釈迦さまは、それには本師本仏の阿弥陀仏の本願を聞信する一本道しかないと教えていかれました。

阿弥陀仏の救いにあい、永久の闇より救われて苦悩渦巻く人生が、そのまま
絶対の幸福に転じ、明るく強く、たくましく生き抜かせていただける身になることが、それらの方の最も喜ばれることになります。

8月の法要にちなんで、皆さんからよく寄せられる質問にお答えしましょう。

お盆は何をする日?

お盆とは、正しくは盂蘭盆(うらぼん)といい、『仏説盂蘭盆経』から起こったものです。

ウラボンという梵語は「倒懸(倒さに懸かれる者)」ということですから、『盂蘭盆経』とは、倒さに懸かれる者を救う方法を教えた経だということです。

では、倒さに懸かって苦しむ者とは、だれのことでしょう。迷いを迷いとは思えず、真実を真実と信じられぬ者は、仏眼からごらんになると、皆、倒さに懸かって苦しんでいるのです。

地位や財産、妻子など、有れば有ることで悩み、無い者はそれらを求めてなお苦しむ。

どこに真実の幸せを喜んでいる人があるでしょうか。

お盆は、亡き祖先を救う日ではなく、今現に倒さに懸かって飢え、渇き、苦しみ続けて未来永劫流転せんとしている、わが身自身を救う「聞法精進の日」であることを忘れてはなりません。

読経はだれのため?

「葬式や法事の読経は、死者のためになる」というのが常識になっています。

しかし、これを迷信だと徹底打破なされたのが、仏教を説かれたお釈迦さまなのです。

なぜ迷信といわれるのか。それは、お経がどのようにして成立したかを知れば明らかでしょう。

お経とは、釈尊が、苦しみ悩む生きた人間を幸福にするために説かれた教法を、弟子たちが後世の人にと、書き残したものです。

だから、死人になされた説法は一つもありません。

では、葬式や法事の読経は全く無意味なのかというと、勤める人の心構えにかかっています。

厳粛な葬式を縁に無常を感じて聞法すれば、有り難い勝縁になります。

お経に説かれている真実を聞かせていただき、ますます信心決定せねばならぬことを知らされてこそ、意味があるのです。

追悼法要について、詳細をお知りになりたい方は、下記連絡先までお問い合わせください。

この追悼法要には、県外からも多数の参加者があります。

コメント下さった方には、日時、場所、会場へのアクセスや参加方法について詳しくご案内致します。

平成20年8月31日(日) 調布市文化会館たづくり

9月 24th, 2008

20080831調布02

 雷鳴とどろき、激しい雨の続いた東京ですが、この日は久しぶりに青空を見ることが出来ました。
 早くも秋の到来か、と思っていましたが、まだまだ厳しい残暑は続きそうです。

 とはいえ、不安定な空模様。またひと雨降りそうです、、、

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 さて、本日のご講演は『正信偈』の「弥陀仏本願念仏」から4行でした。

弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生
信楽受持甚以難 難中之難無過斯

 入場は無料になっておりますので、是非またお越し下さい(^o^)ノ

 さてさて、再び天気の話に戻りますが、日中あれだけ晴天だったのに、帰宅途中、激しい「ゲリラ豪雨」に見舞われてしまいました(>。<)
 自転車に乗っていたので、全身ずぶぬれになりました(*.*)「悪因悪果」、日頃の善行が足りなかったのでしょうか?(ー.ー;
 今日お聞きしたお話が、身に染み入りました、、、