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二種深信で歎異抄をひらく

1月 25th, 2010

画像素材足成・読書

昨日は、テレビ座談会で高森顕徹先生から、歎異抄冒頭の

「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて往生をば遂ぐるなり」と信じて、「念仏申さん」と思いたつ心の発るとき」

について一日聞かせて頂きました。

常識的には、「信じて」とあるから、疑わないように信じようとすることだとしか読めませんが、親鸞聖人が教行信証に教えられている二種深信がわからねば読めないのだと教えて頂きました。

読み間違い易い歎異抄であるからこそ、教行信証の根拠を通して読まなければなりません。

二種深信で、歎異抄をひらいてゆくテレビ座談会。今後も真剣に聞かせて頂きたいと思います。

『歎異抄』の謎をときひらくテレビ座談会

12月 21st, 2009

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昨日は、今年最後のテレビ座談会でした。

高森顕徹先生より、歎異抄の冒頭の一文について、詳しく一日かけて聞かせて頂きました。

「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。(歎異抄第一章)

歎異抄研究の第一人者とされる人物でさえ読み誤ったとされるこの一文は、親鸞聖人が教えられた二種深信(にしゅじんしん)がわからねば読めないと教えて頂き、感動せずにおれませんでした。続きを早く聞かせて頂きたいばかりです。

高森顕徹先生が書かれた『歎異抄をひらく』の帯に書かれている通り、『歎異抄』の謎をときひらく御縁を頂いていることを本当に有り難いことだと改めて思いました。

歎異抄に感銘を受けたと言われるドイツの哲学者・ハイデッガーがこの座談会を聞いていたら、どんなに喜んだだろうかと思います。

テレビ座談会は、海外にも配信され、英語や中国語、ポルトガル語などの通訳を通じて聞いているそうです。

仏教に関心を持つ英語圏の皆さんにも、親鸞聖人の教えを知っていただきたい、と強く願わずにいられません。

仏縁を念じたいと思います。

仏法讃嘆の時間に理解が深まる

12月 11th, 2009

画像素材足成・黄昏と街

昨日は千駄ヶ谷区にて勉強会がありました。 以下、リョウさんからの投稿です。

今回は、「仏教の本末」について学びました。

後半は仏法讃嘆をしました。多くの参加者で盛り上がりました!

Mさんは、最近、毎日、仏教の教えを熱心に聞いています。高森顕徹先生の著書である「歎異抄をひらく」、また「なぜ生きる」をよく読んでいるそうです。
仏法讃嘆にも積極的に参加するようになりました。

Hさんは「親鸞聖人はなぜいつも念仏を称えているのか」「名号、信心、念仏の関係は」など、教えを知りたい、学びたい、と質問し、親鸞聖人の書かれた正信偈や蓮如上人の聖人一流章のお言葉の意味を学び、深くうなずいていました。

Sさんは毎回、参加しています。6日に続けて、次回のテレビ座談会にも参詣を希望し、楽しみにしていました。

Tさんは9月にはじめてご縁があり、今回8回目で毎回の参加です。御縁がある前から「なぜ生きる」を書店で購入し読んでいたそうです。そんな折、親鸞聖人のお名前をみて、すぐ聞いてみたいと思われたのだとか。

「毎回、仏法讃嘆の時間にじっくりと聞かせて頂けるので、理解が深まります」と喜んでおられます。

陸続と多くの方が勉強会に参加し、12月の寒い季節にもかかわらず、勉強会の会場は大変熱い千駄ヶ谷からのレポートでした。

歎異抄の根拠

12月 1st, 2009

写真素材・足成 紅葉

29日は、電話座談会にて高森顕徹先生より、『歎異抄をひらく』の第一章について聞かせて頂きました。

意訳の一言一言が、親鸞聖人の教え・教行信証に根拠があることがわかりました。

しかしながら、歎異抄を読むと、「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とあるのを「本願に救われるには他の善は必要でない」と解釈してしまいます。善をしなくてもよいというのは、因果の道理・廃悪修善(悪をやめて善をしなさい)を説かれたお釈迦様の教えに反しています。

ここから浄土真宗の者は善をしなくなり、堕落が始まったと言われるのだとわかりました。

それにしても『歎異抄をひらく』が発刊されてから、すでに1年9ヶ月。その間、殆ど歎異抄の解説書が出版されていない事実に驚きます。

歎異抄をとりまく思想界は、今後どうなってゆくのか。目が離せません。

何が善や悪やら…

9月 25th, 2009

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(ウィンストン・チャーチル、ウィキペディアより)

第二次世界大戦でのこと。

1940年、イギリスのチャーチル首相のもと、アラン・チューリング率いるチームが、ドイツ軍の暗号を解読することに成功。

ドイツ軍が、イギリスのコベントリーという町を空爆する情報を事前につかみました。

しかし、暗号解読に成功したことをドイツ軍に知らされることを恐れたチャーチルの判断であえて無視され、コベントリーは壊滅的ダメージを受けます。

それによって、多くの市民が犠牲になりました。

イギリスは国家機密を守るために多くの自国の市民を犠牲にしたのですが、これは正しい判断であったとされました。

チャーチルは英雄となり、1953年には、『第2次世界大戦回顧録』で、ノーベル文学賞を受賞しています。


一方、暗号解読の立役者、チューリングは、戦後、当時違法の同性愛者であったことが発覚し逮捕され、その後、自殺しました。

今年の9月10日、ゴードン・ブラウン英首相は、第二次世界大戦において大きく貢献したチューリングに対し、不当な処置への謝罪を発表しています。


沢山の自国民を犠牲にしても英雄扱いされる人もあれば、戦争に多大な功績を残したと言われても、処罰され、自殺に追い込まれた人もあります。

それが、50年以上も経って、間違った処置であったと謝罪されたり……。


私たちが問題にする善悪とは、いったい何なのか、とわからなくなってきます。


「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」

歎異抄に書かれてある親鸞聖人のお言葉です。

「親鸞は、何が善やら悪やら知らないし、まったく分からない」

とおっしゃていますが、私たちの弁える善悪は、時や処でしばしば変わり、人によって評価が異なる、定まらない基準しかもたないことを知らされます。


この内容について、『歎異抄をひらく』の2部の17章に書かれてあるので、よく読ませていただきたいと思います。