Posts Tagged ‘歎異抄’

親鸞会で知らされた“重い一節”

5月 9th, 2010

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今日は親鸞会の二千畳での座談会でした。高森顕徹先生がお書き下された、『歎異抄をひらく』という歎異抄の解説書について出された質問にお答え頂きました。

歎異抄第一章の「すなわち」のことを、『歎異抄をひらく』には平生の一念とあります。

親鸞聖人は弥陀の救いは一念であることを一生涯教えられました。一念とは何兆分の一秒よりも短い時間であり、一念のことを「即」とも色々なところに書かれています。即は、平仮名だと「すなわち」です。

歎異抄を書いた人は、親鸞聖人の即の教え、一念の教えをよく知る人だということがよくわかりました。

また今日、歎異抄第一章の「すなわち」を一念のことだと解説された本はないことを知って、『歎異抄をひらく』のこの一節が如何に重いかを知らされて、とても感動しました。

時間があっという間に過ぎましたが、もっともっと聞かせて頂きたいと思いました。

歎異抄の全てが収まる 8文字|親鸞会で学んだ歎異抄の真髄

4月 6th, 2010

4/4のあんしん弁当

4日は富山県にある二千畳の会館での親鸞会のテレビ座談会でした。

高森顕徹先生の書かれた、歎異抄の解説書である『歎異抄をひらく』についての質疑応答を聞かせて頂きました。

歎異抄第一章に、なぜ他の十七章の内容がすべて収まるのか。第一章にある「ただ信心を要とす」という8文字がわかれば、第一章がわかるし、歎異抄すべてがわかると教えて頂きました。

全国の法友に親鸞会館で会って、子育ての喜びや苦労を分かち合い、語り合うことができたことも嬉しいことでした。

写真は、当日のランチに食べたあんしん弁当。煮物の出汁の味が素晴らしかったです。

「何度も何度も読んでいるよ」

3月 26th, 2010

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昨日は渋谷区の神宮前にて勉強会のご縁がありました。後半の仏法讃嘆も大変盛り上がりました。

Iさんはほぼ毎回参加されています。

Sさんは毎回参加です。28日のご縁にも参詣したいとのことです!

また、F館が完成したことを聞かれ、是非行ってみたいとのこと。F館での宿泊、富山県にある親鸞会館の2000畳の大講堂での初聴聞を決意されました。ご高齢にもかかわらず、大変前向きに頑張っておられます。

Hさんは、歎異抄1章に残りの17章が収まっていると聞き、1章の内容に大変関心を持っていました。「唯信独達の法門」ということについて、親鸞学徒と仏法讃嘆し、「『歎異抄をひらく』は何度も何度も読んでいるよ」と言っていました。

皆さんがどんどん理解を深められているのが嬉しいですね。以上、神宮前勉強会のレポートでした。

物差しは第一章に

3月 24th, 2010

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21日は、テレビ座談会でした。

高森顕徹先生より、ライブ中継で『歎異抄をひらく』についての世界の親鸞学徒からの質問にお答え頂きました。

歎異抄全十八章の内容は第一章に収まると言われますが、その具体的な例として念仏について教えて頂きました。

歎異抄には多くの念仏という言葉が出てきます。

親鸞聖人は念仏に三通りあると教えられており、その中のどの念仏が歎異抄に書かれているか。

その「物差し」は第一章に出ているとお聞きしました。

どの念仏のことかがわからなければ、歎異抄すべてが読めません。

多くの解説書が出されている中で、歎異抄の真意をひらいていくテレビ座談会を聞かせて頂けることの凄さを、改めて知らされました。

三通りの念仏について仏法讃嘆

2月 10th, 2010

画像素材足成・建設中の東京スカイツリー

8日は、新宿の角筈で勉強会がありました。リョウさんからのレポートを読んでみましょう。

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歎異抄二章を通して「後生の一大事」について聞かせて頂きました。

会場の近くに住むFさんは、小冊子をご縁に聞法のつどいに足を運ばれ、角筈には初めて参加されました。『正信偈』の意味が知りたいと言っていました。

Rさんは毎回参加しています。いつも真宗聖典を持参して、聞かせて頂いた根拠を一つ一つ確認しておられます。
 
Kさんも毎回参加です。今回は、三通りの念仏について仏法讃嘆し、これからも続けて聞きたいと言っていました。

Mさんは、「なぜ生きるか」と「どう生きるか」の違いについて、よくわかったと言っていました。毎日聴聞しています。

以上です。皆さん、理解をどんどん深めている角筈勉強会でした!

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三通りの念仏について仏法讃嘆されているとあって驚きました。

皆さんが親鸞学徒になりたいと言われる日も、そう遠くないかもしれませんね。期待しています。

二種深信で歎異抄をひらく

1月 25th, 2010

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昨日は、テレビ座談会で高森顕徹先生から、歎異抄冒頭の

「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて往生をば遂ぐるなり」と信じて、「念仏申さん」と思いたつ心の発るとき」

について一日聞かせて頂きました。

常識的には、「信じて」とあるから、疑わないように信じようとすることだとしか読めませんが、親鸞聖人が教行信証に教えられている二種深信がわからねば読めないのだと教えて頂きました。

読み間違い易い歎異抄であるからこそ、教行信証の根拠を通して読まなければなりません。

二種深信で、歎異抄をひらいてゆくテレビ座談会。今後も真剣に聞かせて頂きたいと思います。

『歎異抄』の謎をときひらくテレビ座談会

12月 21st, 2009

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昨日は、今年最後のテレビ座談会でした。

高森顕徹先生より、歎異抄の冒頭の一文について、詳しく一日かけて聞かせて頂きました。

「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。(歎異抄第一章)

歎異抄研究の第一人者とされる人物でさえ読み誤ったとされるこの一文は、親鸞聖人が教えられた二種深信(にしゅじんしん)がわからねば読めないと教えて頂き、感動せずにおれませんでした。続きを早く聞かせて頂きたいばかりです。

高森顕徹先生が書かれた『歎異抄をひらく』の帯に書かれている通り、『歎異抄』の謎をときひらく御縁を頂いていることを本当に有り難いことだと改めて思いました。

歎異抄に感銘を受けたと言われるドイツの哲学者・ハイデッガーがこの座談会を聞いていたら、どんなに喜んだだろうかと思います。

テレビ座談会は、海外にも配信され、英語や中国語、ポルトガル語などの通訳を通じて聞いているそうです。

仏教に関心を持つ英語圏の皆さんにも、親鸞聖人の教えを知っていただきたい、と強く願わずにいられません。

仏縁を念じたいと思います。

仏法讃嘆の時間に理解が深まる

12月 11th, 2009

画像素材足成・黄昏と街

昨日は千駄ヶ谷区にて勉強会がありました。 以下、リョウさんからの投稿です。

今回は、「仏教の本末」について学びました。

後半は仏法讃嘆をしました。多くの参加者で盛り上がりました!

Mさんは、最近、毎日、仏教の教えを熱心に聞いています。高森顕徹先生の著書である「歎異抄をひらく」、また「なぜ生きる」をよく読んでいるそうです。
仏法讃嘆にも積極的に参加するようになりました。

Hさんは「親鸞聖人はなぜいつも念仏を称えているのか」「名号、信心、念仏の関係は」など、教えを知りたい、学びたい、と質問し、親鸞聖人の書かれた正信偈や蓮如上人の聖人一流章のお言葉の意味を学び、深くうなずいていました。

Sさんは毎回、参加しています。6日に続けて、次回のテレビ座談会にも参詣を希望し、楽しみにしていました。

Tさんは9月にはじめてご縁があり、今回8回目で毎回の参加です。御縁がある前から「なぜ生きる」を書店で購入し読んでいたそうです。そんな折、親鸞聖人のお名前をみて、すぐ聞いてみたいと思われたのだとか。

「毎回、仏法讃嘆の時間にじっくりと聞かせて頂けるので、理解が深まります」と喜んでおられます。

陸続と多くの方が勉強会に参加し、12月の寒い季節にもかかわらず、勉強会の会場は大変熱い千駄ヶ谷からのレポートでした。

歎異抄の根拠

12月 1st, 2009

写真素材・足成 紅葉

29日は、電話座談会にて高森顕徹先生より、『歎異抄をひらく』の第一章について聞かせて頂きました。

意訳の一言一言が、親鸞聖人の教え・教行信証に根拠があることがわかりました。

しかしながら、歎異抄を読むと、「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とあるのを「本願に救われるには他の善は必要でない」と解釈してしまいます。善をしなくてもよいというのは、因果の道理・廃悪修善(悪をやめて善をしなさい)を説かれたお釈迦様の教えに反しています。

ここから浄土真宗の者は善をしなくなり、堕落が始まったと言われるのだとわかりました。

それにしても『歎異抄をひらく』が発刊されてから、すでに1年9ヶ月。その間、殆ど歎異抄の解説書が出版されていない事実に驚きます。

歎異抄をとりまく思想界は、今後どうなってゆくのか。目が離せません。

報恩講

11月 10th, 2009
電話座談会の様子

電話座談会の様子

二日間の報恩講が終わりました。

今年は、電話座談会システムという電話回線を使った同時中継によって、日本全国だけでなく海外の皆さんも同時に聴聞することができました。

演題は、歎異抄七章。

念仏者は無碍の一道なり。そのいわれ如何とならば、信心の行者には天神・地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし、罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善も及ぶことなき故に無碍の一道なり、と云々。

高森顕徹先生が監修された『なぜ生きる』を通して話をされました。

先生のお声もよく聞こえ、参詣された方からは、

・先生との距離が近く感じた
・お話されるのが早くてもよくわかる
・双方向で先生にその場で質問できるなんて素晴らしい

と歓声が上がっています。

先生に直接質問ができた会場は限られていましたが、その場で質問をさせて頂き、すぐにお答え頂けることに感動しました。

私が参詣した会場では、富山のあんしん弁当から取り寄せた惣菜が振る舞われ、無添加の美味しい野菜を沢山頂くことができました。

報恩講での食事

報恩講での食事

あまりの美味しさに皆びっくり!

お代わりに立つ人も多かったです。

今後もこのような電話座談会があり、高森顕徹先生からライブで聞かせて頂くことができます。

是非聞きたい、という方は私まで(@を半角にして)お問い合わせ下さい。

yutaka_sato@me.com