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どれだけ喜んでも疲れない

9月 7th, 2009

夕陽 (写真素材 足成)

昨日、親鸞会館での御法話の帰りに駅までタクシーを乗り合わせた方の中で、親鸞聖人の教えを聞き始めて4年目になるという方がありました。

その方は、

「今回の御法話では、親鸞聖人の言葉の選び方の慎重さに驚かされた。」

「『天におどり地におどる』と説明される、この世で阿弥陀仏に救われた喜びの心とは、一体どんなことなんだろう?」

と少々興奮気味に言われていました。

私も同じことを思っていたので、意気投合して駅に着くまで話していました。

特に、「おどる」と表現される喜びの心は、「どれだけ喜んでも疲れない」とお聞きして、どんな喜びだろうかと、とても想像ができませんでした。

どんな楽しみも、遅かれ早かれ疲れてきます。

それは肉体の喜びであり、阿弥陀仏に生きている時に救われた喜びとは全く違うのだということがわかりました。

なお、今回教えて頂いた喜びの心については、「救われたら本当に大慶喜がおきるのか 」という以下のページに詳しく書かれています。

どうぞお読み下さい。
http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/infoshinsyu/qa0413.htm

平成19年10月14日(日) 武蔵野市民会館

10月 15th, 2007

 日に日に過ごしやすくなってきた武蔵野の秋。爽やかな秋晴れ!とは言わないまでも、暑くなく、寒くなく、絶好の聞法日和でした。

191014musashino02191014musashino01 JR武蔵境駅を降りると、賑やかな「すきっぷ通り」に出ます。心なしか、足取り軽やかに会場に向かえる商店街です。お洒落な店が並び、さて、昼休みの食事とショッピングはどこで……おっと、目的は聴聞でした(^^;ゞ

191014musashino04191014musashino05 50mほど歩くと、閑静な住宅街へ。緑に癒されます。会場正面にはバス停があるので、年配の方には有難いです。

191014musashino08191014musashino06 館内には図書室もあり、新たに何か勉強をするには最適な環境です。休憩時間に、ここで、親鸞聖人のお言葉をノートに書き写している法友の姿も見られました。

191014musashino07←そしてこれが講演会風景です。まるで学校の教室のようですね。久しぶりに高校生か中学生になった気分でした。

 今日の演題は「人間の実相」についてです。お釈迦様のたとえ話を通し、昔も今も変わらない人間の姿を、聞かせていただきました。例えば

独生独死 独去独来

 娯楽や気晴らしにあふれている現代でも、ふと淋しい気持ちになるのはなぜか?肉体の連れはあっても魂が孤独だからだと教えていただきました。

 チラシの「なぜ生きる」に引かれて来られたご婦人は「友達や家族に囲まれていても、どうしても分かり合えないところってありますよね。そういう時は『孤独だなぁ』って感じます」と仰っていました。
 また、60代の男性は「(お釈迦様のたとえ話を)物語としてでなく、自分の問題として聞かねばならないと思います。続けて聞いてゆきたいです」と言われていました。

 食欲の秋、芸術の秋、そして聞法の秋。
 私たちが生きる目的を、親鸞聖人の教えに学ぶ集いは、今後も続けて開催されます。お気軽にご来場ください。