Posts Tagged ‘高森顕徹先生’

これ以上なく難しいこと

2月 28th, 2010

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今日は、1月3日以来の富山県にある親鸞会館の二千畳での聴聞でした。

高森顕徹先生より、浄土真宗の人が朝晩拝読している正信偈の以下の部分について詳しく教えて頂きました。

弥陀仏本願念仏   みだぶつほんがんねんぶつ
邪見憍慢悪衆生   じゃけんきょうまんあくしゅじょうし
信楽受持甚以難   しんぎょうじゅじじんになん
難中之難無過斯   なんなんちゅうしなんむかし

阿弥陀仏の本願に救われることは、難しい中でもこれ以上ない難しいことであり、それは「邪見憍慢」と自惚れているからだと教えて頂きました。

我が身のことはわかっているつもりでいますが、それはわかったところまでのことで、真実の自分の姿は仏法を聞かねばわからないと知らされました。

久しぶりに全国の親鸞学徒と会い、とても嬉しい一日でした。深夜の帰宅でも、皆元気です。

来週も真剣に聞かせて頂きたいと思います。

二種深信で歎異抄をひらく

1月 25th, 2010

画像素材足成・読書

昨日は、テレビ座談会で高森顕徹先生から、歎異抄冒頭の

「弥陀の誓願不思議にたすけられ参らせて往生をば遂ぐるなり」と信じて、「念仏申さん」と思いたつ心の発るとき」

について一日聞かせて頂きました。

常識的には、「信じて」とあるから、疑わないように信じようとすることだとしか読めませんが、親鸞聖人が教行信証に教えられている二種深信がわからねば読めないのだと教えて頂きました。

読み間違い易い歎異抄であるからこそ、教行信証の根拠を通して読まなければなりません。

二種深信で、歎異抄をひらいてゆくテレビ座談会。今後も真剣に聞かせて頂きたいと思います。

救われたらどんないいことがあるのか

1月 6th, 2010

遅くなりましたが、今年もどうぞよろしくお願い致します。

1月3日は、大寒波で雪の降り積もった二千畳の会館での御法話でした。
会館前に積もった雪

2ヶ月ぶりに全国の法友と再開し、大変元気が出ました。

高森顕徹先生から、阿弥陀仏にこの世で救われたらどんないいことがあるのかということを、親鸞聖人が書かれた『教行信証』にある 「現生十種の益」 を通して教えて頂きました。

「現生十種の益」とは、以下のことです。

金剛の真心を獲得する者は、横に五趣・八難の道を超え、必ず現生に十種の益を獲。何ものをか十と為る。

一つには 冥衆護持の益
二つには 至徳具足の益
三つには 転悪成善の益
四つには 諸仏護念の益
五つには 諸仏称讃の益
六つには 心光常護の益
七つには 心多歓喜の益
八つには 知恩報徳の益
九つには 常行大悲の益
十には  入正定聚の益 なり。 

10番目の「入正定聚の益」は総益と言い、あとの9つを別益と言うのであり、総益は別益の元であると教えて頂きました。平生のうちにこんなにも沢山の幸せの身になることができるとは・・・。びっくりしたというよりも圧倒されました。

それぞれに深い意味があることを教えて頂き、自分の目指すところがこんな世界であることを知って、とても元気が出ました。

なお、入正定聚の益とは、弥勒菩薩と同格になることだと教えて頂きました。
これについて関連記事を見つけましたので、読んでみて下さい。

最後に食いしん坊な私としては、あんしん弁当には触れずにおれません。今回も本当に美味しかった。特にあのフライ!ソースも絶妙でお代わりしたいくらいでした☆

今年の初!あんしん弁当☆

『歎異抄』の謎をときひらくテレビ座談会

12月 21st, 2009

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昨日は、今年最後のテレビ座談会でした。

高森顕徹先生より、歎異抄の冒頭の一文について、詳しく一日かけて聞かせて頂きました。

「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。(歎異抄第一章)

歎異抄研究の第一人者とされる人物でさえ読み誤ったとされるこの一文は、親鸞聖人が教えられた二種深信(にしゅじんしん)がわからねば読めないと教えて頂き、感動せずにおれませんでした。続きを早く聞かせて頂きたいばかりです。

高森顕徹先生が書かれた『歎異抄をひらく』の帯に書かれている通り、『歎異抄』の謎をときひらく御縁を頂いていることを本当に有り難いことだと改めて思いました。

歎異抄に感銘を受けたと言われるドイツの哲学者・ハイデッガーがこの座談会を聞いていたら、どんなに喜んだだろうかと思います。

テレビ座談会は、海外にも配信され、英語や中国語、ポルトガル語などの通訳を通じて聞いているそうです。

仏教に関心を持つ英語圏の皆さんにも、親鸞聖人の教えを知っていただきたい、と強く願わずにいられません。

仏縁を念じたいと思います。

どんな者と見抜かれているか

12月 15th, 2009

12月13日電話座談会
日曜日は、インターネットを使っての「テレビ座談会」でした。

高森顕徹先生から、覚如上人という方の「口伝鈔(くでんしょう)」という本に書かれてある言葉の意味を教えていただきました。

「もとより罪体の凡夫、大小を論ぜず三業みな罪にあらずということなし」(口伝鈔)

一日でお話できることではないですが、と何度も言われつつも、阿弥陀仏が私達をどんな者と見抜かれた上で、必ず絶対の幸福に助けるというお約束をなされているか、詳しく教えて頂きました。

改めて仏教の深さを知らされると同時に、間違い易いところであることも学ばせて頂きました。

今年は残すところ、高森顕徹先生から聞かせて頂ける御縁もあと1回です。

真剣に聞かせて頂きたいと思います。

仏法讃嘆の時間に理解が深まる

12月 11th, 2009

画像素材足成・黄昏と街

昨日は千駄ヶ谷区にて勉強会がありました。 以下、リョウさんからの投稿です。

今回は、「仏教の本末」について学びました。

後半は仏法讃嘆をしました。多くの参加者で盛り上がりました!

Mさんは、最近、毎日、仏教の教えを熱心に聞いています。高森顕徹先生の著書である「歎異抄をひらく」、また「なぜ生きる」をよく読んでいるそうです。
仏法讃嘆にも積極的に参加するようになりました。

Hさんは「親鸞聖人はなぜいつも念仏を称えているのか」「名号、信心、念仏の関係は」など、教えを知りたい、学びたい、と質問し、親鸞聖人の書かれた正信偈や蓮如上人の聖人一流章のお言葉の意味を学び、深くうなずいていました。

Sさんは毎回、参加しています。6日に続けて、次回のテレビ座談会にも参詣を希望し、楽しみにしていました。

Tさんは9月にはじめてご縁があり、今回8回目で毎回の参加です。御縁がある前から「なぜ生きる」を書店で購入し読んでいたそうです。そんな折、親鸞聖人のお名前をみて、すぐ聞いてみたいと思われたのだとか。

「毎回、仏法讃嘆の時間にじっくりと聞かせて頂けるので、理解が深まります」と喜んでおられます。

陸続と多くの方が勉強会に参加し、12月の寒い季節にもかかわらず、勉強会の会場は大変熱い千駄ヶ谷からのレポートでした。

救い摂られたら、どうなるのか

12月 7th, 2009

12月6日のあんしん弁当

昨日は電話座談会で高森顕徹先生が監修された『なぜ生きる』についての解説がありました。 1つの問いに対して、午前、午後と時間をかけて教えて頂きました。 いかに深い内容の質問であったかが、ここからもわかります。

阿弥陀仏の本願に救い摂られたら、どうなるのかということが焦点でした。 質問に対して、親鸞聖人が34歳のときになされた三大諍論の 信心同異の諍論について、詳しく教えて頂きました。

今回の電話座談会から、あんしん弁当を送って頂けるようになり感激です。 東京にいながらにして、こんなに美味しいお弁当を頂けるなんてとても有り難いことです。 会場の外に食べに行ってもこんなに栄養は摂れません。

仏法が大事だから健康が大事、健康が大事だから食べるものが大事と、 無添加と無農薬にこだわり続けるあんしん弁当の皆さんには頭が下がります。

一品一品、丁寧に作ってあり、味付けも濃すぎず、栄養のバランスが考えられているお弁当、美味しかったです。

歎異抄の根拠

12月 1st, 2009

写真素材・足成 紅葉

29日は、電話座談会にて高森顕徹先生より、『歎異抄をひらく』の第一章について聞かせて頂きました。

意訳の一言一言が、親鸞聖人の教え・教行信証に根拠があることがわかりました。

しかしながら、歎異抄を読むと、「本願を信ぜんには他の善も要にあらず」とあるのを「本願に救われるには他の善は必要でない」と解釈してしまいます。善をしなくてもよいというのは、因果の道理・廃悪修善(悪をやめて善をしなさい)を説かれたお釈迦様の教えに反しています。

ここから浄土真宗の者は善をしなくなり、堕落が始まったと言われるのだとわかりました。

それにしても『歎異抄をひらく』が発刊されてから、すでに1年9ヶ月。その間、殆ど歎異抄の解説書が出版されていない事実に驚きます。

歎異抄をとりまく思想界は、今後どうなってゆくのか。目が離せません。

原因が変われば結果が変わる

11月 25th, 2009

11月22日電話座談会

22日日曜日は電話座談会でした。

高森顕徹先生から、

・「断見外道(だんけんげどう)」「常見外道(じょうけんげどう)」という言葉の意味
・「無我(むが)」とはどんなことか
・「因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず。(阿含経:あごんぎょう)」のお言葉

について教えて頂きました。

終了後、共に聴聞した親鸞学徒の友人達と信心の沙汰をし、全ての結果には必ず原因があると教える因果の道理に間違いないのだから、1回聴聞した人と、2回聴聞した人、10回聴聞した人と結果が同じではないと言われたところに感動したと、盛り上がりました。

苦手なことや好きでないことだと、この一回くらいやらなくてもいいや、という心が出てきます。しかし、その一回をやらずに済ませてしまうと、着実に実行した人と差がついていきます。

これは、因果の道理をどれだけ信じているかによるのだと知らされました。

信心の沙汰をしているうちにあっという間に1時間半ほど経過していました。信心の沙汰の後は、皆、不思議と元気になります。

次回の電話座談会とその後の信心の沙汰がとても楽しみです。

方角を知ることが先決

11月 17th, 2009

画像素材足成・ガラスの地球儀

15日の日曜日は、電話回線を利用した座談会にて高森顕徹先生より『なぜ生きる』の「はじめに」の部分についての質問に答えて頂きました。

北海道や鹿児島と電話回線で結ばれての座談会ということでも驚きですが、今回は、ブラジルの皆さんも現地で午前3時から聞かせて頂いていた、というので、さらにビックリでした。ブラジルからの声がはっきりと聞こえて、すぐ近くにいるようでした。遠方の皆さんが、同時に座談会の御縁に参加していることに感動しています。

今回は、「生きる意味がわからないのが悲劇、ということがわからないという人にどのように話せばよいでしょうか」など、5問の質問に答えて頂きました。

今回御縁のあったKさんは、次のように言っていました。

なぜ、「なぜ生きる」を必死に求めねばならないのか、改めて聞かせて頂いた内容が大変心に残りました。

最近、転覆漁船から3人救出されたニュースがありましたが、どんなに不安だっただろうと思って見ていました。しかし、人生の目的を知らない生き方は、まさに水平線しか見えない海で、泳ぐ方角を知らずに必死にもがいているようなもので、漁船の中で救助を待っている人よりも不安な状況に違いありません。

人として生まれてきた以上、人生の目的は「知っておいたほうが良い」どころではなく、方角知らずに泳げば悲劇以外の何ものでもない人生になるのだと知らされました。

今後も続けてこのような座談会の御縁があります。お問い合わせは、私までお願い致します。yutaka_sato@me.com(@は半角にして下さい。)