難しいのは自分。~親鸞会講師のわくわく日記~
難度海。
どこにある海でしょう?
日本海? オホーツク海?? 東シナ海? フィリピン海?
いえいえこれは、地図の上にはないのです。
難度海とは、人生のこと。
親鸞聖人は、この人生を 「難度海」 と、
主著 『教行信証』におっしゃっています。
「難度」 とは、仏教で 「苦しみ」 のこと。
だから、「難度海」を「苦海」 ともいわれます。
海に波が絶えないように、
人生も、苦しみの波が次から次へと押し寄せて、絶えることがないからです。
ものごころついた時から、
常に周りとの競争が強いられる。
受験戦争を勝ち抜いて、就職難をくぐり抜け、
リストラされないようビクビクしながら働いて、
老いや 病とも闘わなければなりません。
人間関係のストレスに悩まされ、
事故や災害、倒産など、不測の事態も襲ってくる。
「一難去って、また一難」 ともいわれ、
心休まる時がありません。
中でも、人間関係に、日々、煩わされ悩んでいる方も少なくないのでは。。
私も、その1人。。。
そんな中、こんな文章に出会いました☆
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~難しいのは自分~
「人間関係」 は難しい。
生まれ育った環境、世代、性別、性格、感覚、何一つ同じものはない。
意見が衝突して悩む時は
「難しい相手だから」 と思いがちだが、
「自分こそ難しい存在」 であることを忘れている。
縁さえくればどんなことでも考える、煩悩具足が実態である。
己の心でさえままならぬのに、
他人の心をコントロールできると考えているのだから
土台狂っている。
難しいものが難しいものと生きてゆく、
難しいのは当然なのだ。
唯一つ、ともに弥陀の本願を聞信する我々は、
御同朋・御同行、
喜ばしき友であり兄弟だと親鸞聖人はおっしゃる。
蓮如上人また 「連れが大事、教えが大事」 と
教導されている。
本懐成就の暁まで、
「ともに求めていこう」 と手を取り合って、
「なぜうまくいかないのか」 の心を反転させ、
難しい自己を振り返ってみることこそが
親鸞学徒の道である。
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1度読んでも、分かっていない自分がいるので、
何度も読ませていただきます☆
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