シブ柿の シブがそのまま 甘みかな★~親鸞会講師の日記~
みなさん、こんばんは☆
今朝の富山は雨でした。
だからいつもより寒い1日のスタートでした。。(よね??)
一雨ごとに、寒くなってゆく感じがいたします。
秋が深まっていきますね。
今日も柿を頂きました★
だから前回に続いて、今日も柿の写真。。
代わり映えしなくて、すみませーん<(_ _)>
でも今回は、3つだよ。
3つ並ぶと、またカワイイ♪ (^▽^)
近頃、柿の皮をむいている段階で、
この柿は、甘いか、それとも渋いか、
予想できるようになってきました。
皮は赤い色をしていても、
皮をむいてみると、白っぽくて、かたい感じのは、
渋いのが多いですね。
今日も1つ頂いたのですが、
包丁を入れた瞬間、
「…んん? なんだかこれは渋そう……」。。
一口食べてみると、やっぱり少し渋かった。
予想的中★
うーなんで渋いのー!
あぁ、でも、
この渋みのある柿を選んでしまった原因は、
わたしにあるんだよなーと思いなおし、
食べられない渋さではなかったので、
ぜんぶ頂きました。
ごちそうさまデシタ♪
この渋みが、天日に干されたら、甘みに転ずるのですから、
面白いですよね☆
だからこんな歌があります♪
渋柿のしぶが そのまま 甘みかな
柿の渋みが、そのまんま、甘みと転ずるように、
阿弥陀如来に救われたならば、
私たちを煩わせ悩ませる煩悩は、
そっくり、そのまんま、
幸せと転ずる、
といわれます。
不思議な世界ですね。
煩悩でできている、欲望の塊の人間。
その欲望を満たしきることができず苦しみ、
しかし反対に、
おさえることも、なくすこともできない。
煩悩具足の凡夫である私が、
煩悩あるがままで幸せになれる道を明かにされた親鸞聖人。
だから世界の光と仰がれるのですよね☆
悲しみもよろこびも、
不安も安心も、
災難も幸福も、
すべてが、
命一杯生きとげる純全な輝きに、
転じ変わってしまう。
不自由の中に自在の自由を満喫する「無碍の一道」こそが、
すべての人の求めてやまない究極の目的。
この「無碍の一道」について、
報恩講ではお話くださることになっています☆
親鸞聖人のご恩に報いる身とさせていただけるよう、
ともに光に向かって進ませていただきましょう(^▽^)
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