「自殺」が止まらない原因は?
自分の生命が地球よりも重いと知れば、
「ハズレくじ」 を 捨てるように、
ビルからの投身も、
他人の命を虫けらのように奪うことも、
できるはずがない。
「人生には、なさねばならない目的がある。
どんなに苦しくとも生き抜かなくては」 と、
生きる目的が鮮明になってこそ、
生命の尊厳が知らされるのである。
『光に向かって 心地よい果実』 より
選挙にゆこう!!( ̄ー ̄)
とある会場に張ってあったポスター。
「わたし、行きます」 のキャッチコピー。
ちゃちゃも 行きますよぉぉぉ!!!! ( ̄ー ̄)o
そう、8月30日は、衆議院総選挙の投票日☆
期日前投票で、すでに済まされた方もあるのかな。
実はこのマンガ、ちゃちゃが描いてるの。。。
さぁ、ズバ子とともに、選挙にゆこう!
8・15 「敗戦の日」
64年前の今日は、 日本が第二次世界大戦に敗れた日。
「終戦の日」ともいわれますが、誤魔化さずにいえば、「敗戦の日」でしょう。
当時の葉書代は、一銭五厘。
この葉書1枚で、出兵を強いられ、多くの若者が戦争にかりだされたと聞きます。
命は、この葉書代よりも安かった。
馬よりも軽かったと。
天皇陛下万歳と言って死んでいく人はなく、
みんな 「おかあさん・・・・・・」 と泣いて死んでいった。
従軍看護婦だった方が、そのように語っておられました。
64年前の事実を、風化させてはならない。
この思いから、語り始められた方も少なくないそうです。
「64年前のことだけど、昨日のことのように、鮮明に覚えています。
私の戦争は、まだ終わっていないんです」 。
戦争を体験された方から、直接お話を伺う機会があったのですが、
こういわれていました。
勝敗に関係なく、
命を奪い合う争いほど、愚かなものはありません。
こんなお言葉を思い出します。
戦争、殺人、自殺、暴力、虐待などは、
「生きる意味があるのか」
「苦しくとも 生きねばならぬ理由は何か」
必死に求めても知り得ぬ、深い闇へのいらだちが、
生み出す悲劇とは言えないだろうか。
たとえば少年法を改正しても、
罪の意識のない少年にどれだけの効果を期待しうるか、と懸念されるように、
これら諸問題の根底にある
「生命の尊厳」、「人生の目的」が鮮明にされないかぎり、
どんな対策も水面に描いた絵に終わるであろう。 『なぜ生きる』より
芸能界の薬物汚染が、世間を騒がせています。
若者のあいだで、覚せい剤や麻薬が広がっていることを懸念して、
ある報道番組で、関口宏が、
「自分の人生に責任を持てなくなっている若者が、多くなっている感じがしますね」 と
言っていました。
人生に責任を持てないのは、
自分の人生に意味がある、価値がある、私は生きねばならない存在だ、
という思いが薄いからではないでしょうか。
生きる意味、命の大切さが分からないところから、
様々な問題が起きているのではないでしょうか。
「人生に目的はあるのか、ないのか」
「生きる意味は何なのか」
人類は今も、この深い闇の中にある。
どこにも明答を聞けぬ中、親鸞聖人ほど、人生の目的を明示し、
その達成を勧められた方はない。
「万人共通の生きる目的は、
苦悩の根元を破り、『よくぞ人間に生まれたものぞ』の生命の大歓喜を得て、
永遠の幸福に生かされることである。
どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ」
聖人90年のメッセージは、一貫してこれしかありませんでした。
親鸞聖人のみ教え、1人でも多くの方に、お届けしたいと思います☆
