仏教には何が教えられている?~親鸞会講師の日記~
くもりがちの北陸の空ですが、この日は とーってもいい天気☆
1月27日、テレビ座談会がひらかれて、
「3とおりの念仏」 について、高森先生から聞かせていただきました。
★★ 親鸞学徒の皆さんの声は こちらにまとめられています ★★
仏教には何が教えられているのか、
「廃悪修善」 が 教えられています。
それについて、 こんなお話をお聞きしました。
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昔、中国に、いつも樹上で、座禅瞑想していた鳥窠(とりのす)という僧がいた。
ある日、儒者で有名な白楽天が、その樹下を通って、一つひやかしてやろうと思った。
「坊さんよ、そんな高い木の上で、目をつむって座っていては、危ないではないか」
鳥窠すかさず、
「そういう貴殿こそ、危ないぞ」
と切り返した。
この坊主、相当偉いのかもしれぬ、と見て取った白楽天は、
「私は名もなき白楽天という儒者だが、貴僧の名を承りたい」
と尋ねると、
「私は鳥窠という名もなき坊主だ」。
これが有名な鳥窠禅師と知った白楽天は、かねてから仏教に関心を持っていたので、
「いい所で貴僧に会った。一体、仏教とは、どんなことを教えているのか、一言でお聞きしたい」と頭を下げた。
鳥窠は即座に、
「もろもろの悪をなすことなかれ、謹んで善を修めよ、と教えるのが仏教である」
と答えた。
白楽天、いささかあきれて、
「そんなことくらいなら、三歳の子供でも知っている」
と冷笑すると、鳥窠すかさず、
「三歳の童子もこれを知るが、八十の翁もこれを行うは難し」
と大喝している。
仏教を一貫するものは、因果の道理である。善因善果、悪因悪果、自因自果は、三世十方を貫く真理である。
この真理に立って、廃悪修善を勧めるのは当然のことである。
『白道燃ゆ』 「わかっちゃいるけどやめられぬ」より
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善い行いをすれば、 善い結果、
悪い行いをすれば、 悪い結果がひきおこる。
蒔かぬ種は生えぬ で
刈り取らなければならない一切のものは、自分の蒔いたものばかり。
因果の道理、何度も聞かせていただきながら、
わかっていない自己の相を知らされます。。。。
お釈迦さまはじめ 十方諸仏が、
廃悪修善を説かれたのは、
因果の道理が宇宙の真理であるからではなく、
弥陀の十九の願意を開顕し、
十八願に相応させるため。
因果の道理を、つねに心にひきよせて
光に向かって進ませていただきたいと思います☆
勝興寺の現状ー 報恩講に行ってきました☆~親鸞会講師の日記~
昨日、雪の中、はじめて☆
勝興寺に行ってまいりました(^ー^)ノ
すごい雪でしょ!? 真ん中の三角のところから入るんです。
入って向こうが、本堂です。
勝興寺というのは、
高岡市伏木の由緒ある寺院(浄土真宗 本願寺派)。
蓮如上人が1471年に越中の布教の拠点として開いた古刹で、
重要文化財に指定されています。
勝興寺では、報恩講が1月におこなわれるんですね。
親鸞聖人のご命日は旧暦でいうと11月28日ですが、
西暦では1月16日にあたり、この日を
本願寺派はご命日と定めているのだそうです。
それにしても、
もう本当に
さぶかった~~Y(>_<、)Y
あまりの寒さに、 係の年配の男性がこうぼやく。
「親鸞聖人、もっとあったかい時に亡くなられたら よかったのにねぇ」
!!!!!
なんと身勝手な、、なんと無礼な発言でしょうか。
しかも、係なのに。
真宗の現状がうかがえます。
報恩講初日にあたるのに
参詣者は、16、17名ほど。。
本堂の中央に椅子が並べられています。。。
14時から20分ほど読経がありましたが、
何を言っているのやら、何というお経が読まれているのやら
さっぱり分からない。
そのあと御俗姓といって、親鸞聖人のご一生を節をつけて歌われるものがあって
ところどころ、単語は聞き取れたけど、
やっぱり、よく分からなかったですね。
そのあと1時間、法話があり、
「凡夫のはからいは必要ない。
南無阿弥陀仏と呼ばせていただくだけでいいんだ。
南無阿弥陀仏といただく以外に何があろうか」と
お念仏となえましょう という結論でした。
『大経』のお言葉、『教行信証』、『正信偈』のお言葉を出していましたが、
あいまいな解釈ばかり。
参詣者は、よく分からないけれど、なんとなくいいお話が仏教と思って、
仏法を聞いたような気になって帰っていくのでしょうね。
肝心要の
「信心正因」 、浄土真宗の教えは
一言も説かれていませんでした。
現在生きている時に、信心一つで阿弥陀仏に救われる。
「信心為本」が親鸞聖人のみ教え。
一実円満の真教真宗、最高無上のみ教えが、親鸞聖人のみ教えです。
しかし、寺院で護ろうとされているのは、
教えではなく
重要文化財としての建築物なのです。
「平成の大修復」 とうたって、10ヵ年におよぶ修復工事をおこなっています。
本堂、納骨堂などの修理はすでに終わり、これに18億。
現在、庫裏などの修理が進められていて、60億かけているそうです。
「諸行事のお知らせ」のチラシを見ても、
ご満座法要(ご正忌報恩講 デカローソクを見にお参り下さい) と書いてあります。(T_T)
これが そのデカローソク。
少ない参詣者に、
80すぎのおじいさんがぽつり・・・・・・こう言っていました。
「人がこんだけやから、なお寒いなー。
昔は、ここがいっぱいになるほど、お参りする人があったけどな。
坂を上ってくると、下りてくる人もあってなぁ」。
「北陸でいちばん大きなお寺だからねぇ、以前は2晩、3晩と
泊まる人もあったけどなぁ」
「わしも いつまでお参りできるか・・・・・・」 と先のおじいさんがつぶやくと、
「庫裏が完成するまで、生きてくださいよ。
その頃には、きっとまたお参りされる方が増えますから。
そうなる!」
さびしい心をかき消そうと、力むその言葉がなお寂しく響きました。
真宗の現状を目の当たりにいたしました。
寺の僧侶にも、門徒の皆さんにも、真実をお伝えしていかなくてはなりませんね。
知らされた者から伝えていくしかないのですから。
如来聖人と
真実開顕の一路
命の限り ともに進まん。
大きすぎて 見えないもの~親鸞会講師の日記~
あまりに大きすぎて
見えない
分からない
ということ
ありますね。
たとえば たとえば。。。
ジャジャンっ
『顕正新聞』 新年号の この赤い文字、
何を表しているか
お気づきでしょうか??
ちらっと耳にしたところ
案外 気付かれていない とのこと。
うれしいような
チョッピリ かなしいような。
「F」 !! だよ!!
3月竣工予定の F館のF!布教革命のF!
大きすぎて 見えなかったのですね。
分からなかったのですね。
あまりに広大で 深いご恩に包まれて
そのことに気付かなくなることがある。
私の知らない はるか遠い遠い昔から
私の幸せひとつ念じてくださっている阿弥陀さま。
そんな仏さまがいらっしゃるのだよと
教えてくださる方あればこそ、
「なぜ生きる」 の答えを知らされました。
この答え知ることができたのも、
両親が生んで育ててくれたからこそ。
真実にどっぷりと浸からせていただく日々は
数え切れないほど多くの方々に支えられてのこと。
「肝心なことは目に見えないんだ」
「なに なんでもないことだよ。
心でみなくちゃ、
物事はよく見えないってことさ」 (『星の王子さま』)
「ご恩」 も 目には見えないもの。
だけど、その目に見えないものを知り、感じ、報いようとする心、
大事にしたいですよね。
この世でもっとも不幸な人は感謝の心のない人である。
1日1訓のこのお言葉、 心に刻みたい☆
幸せになりたければ☆彡~親鸞会講師のつぶやき~
しあわせに なりたいですか?
こう聞かれたなら、 だれもが YES と答えるでしょう。
しあわせに なりたい。
すべての人が願っていることでしょう。
しあわせに なりたい。
しあわせに なるには、 じゃあ どうしたらいいのか。
「布施をしなさい」
お釈迦さまは こう教えられています。
布施とは、親切のこと。
生きる目的が教えられた仏教を お伝えすることは 法施 といわれる。
お金や物を、徳を備えられた方、 ご恩を受けた方、
飢えや貧困、災害や病気で苦しむ本当に気の毒な人に施すことは、財施といわれる。
お金や物がなくとも、 和顔愛語、笑顔や優しい言葉、やさしい眼差しで
気持ちひとつで しあわせを届けることもできる。
幸せを施したならば、施した分、
いいえ、それ以上の幸せが 身の上にあふれることでしょう。
だから 「施しは 生きる力の 元と知れ」 といわれる。
我利我利亡者の未来は暗黒の地獄。
相手を生かし 己も生きる自利利他の大道を進み、光明輝く浄土へ向かいたい。
2カ月ぶりの再会!!~親鸞会 同朋の里~
今日は親鸞会館に、全国から親鸞学徒が集い、
F館の見学会、 新春大会が行われました☆☆
新型インフルエンザの影響で、二千畳に集まるのを自粛して以来、
2カ月ぶり。
全国のみなさんとお会いでき、本当にうれしく思います!
これは、F館ラウンジでのもちつき。
私はきなこもちを頂きました♪ つきたてのおもちは、もちもちしていて
本当においしかったです。
そして、夕方の新春大会では、 「あんしん弁当」 特性のお弁当を頂きました☆
聞いた話によりますと、あんしん弁当は、今月9日より、
土曜日の営業を始めるそうです!
日曜日の行事のために、土曜日から参詣されるみなさん、
ぜひぜひあんしん弁当にお立ち寄りくださいませ。
あんしん安全なお惣菜が、ゲットできると思いますよ。
今年3月には、F館が完成。
そして、その月は、
『歎異抄をひらく』 が発刊され、丸2年。
『ひらく』の反論書が出なければ、 その2年の沈黙は、とてつもなく重いです。
今日のこと、またあらためて 書きますね☆
今日はこの辺で。。。
『親鸞』聖人 ブームの年☆★~親鸞会講師の日記~
迎春☆
平成22年の幕が明けました!
本年もどうぞよろしくお願いいたします <(_ _)>
ポツポツ更新から、サクサク更新に生まれ変わりたいと思っています☆
どうぞどうぞよろしくデス。
さてさてみなさん、顕正新聞 新春号、拝読されましたか??
真っ赤な表紙にビックリ!との感想も、早速寄せられています。
この赤でかたどられたものは、何を意味しているんでしょうね。。。
皆さんで、話し合ってみてくださいね♪
ただいま、実家の広島に帰省しているのですが、
朝日新聞の3面には、全面広告で、
五木寛之の『親鸞』 。
昨年の、『歎異抄の謎』 に続いての発刊で、書店にズラリと並べられています。
津本陽も 『無量の光』 という本を出しており、
出版界から、親鸞聖人ブームが巻き起こっているのです!!
新春マンガでも触れられていますので、またじっくり読んでくださいね。
親鸞聖人ブームの年!
『歎異抄をひらく』 の反論書はいまだ出されないまま、
1年10ヶ月の沈黙が続いています。
テレビ座談会の布教革命は、これからますます勢いが広がっていくでしょう。
そして3月には聞法ドメイン 同朋の里の「F館」が完成!!!
大変な年になりそうですね☆★
こんな時に仏縁結ばせていただいた身の幸かみしめ、
1日1日、堅実に、光に向かって進ませていただきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします (^ー^)
★ ★ ★ カボチャプリン de おしゃべリン ★ ★ ★
マイベイビーです♪
というのは冗談で、甥っこの 「あっくん」 です。
ご機嫌うるわしいわ~ この時は。
5カ月なので、まだ何にもしゃべれないんですけど、
「あー!」(のどがかわいたよー)
「あー!!」(おむつ変えてよ、気持ち悪いよ)
「あ~!あ~!」(ミルク飲みたいっ!)
「あ゛-ーー」(つまんないよ、遊んでよ)
「あ~っ」(抱っこして~)
などなど、
何か訴えたいことがあると、あーあーと泣いて、
意思表示していました。
一時も目が離せません。
ミルクを飲ませるのも一苦労、
そのあと、ゲップを出させるのも一苦労、
初めての野菜ジュースを飲ませるのも、一苦労。
子育てって、こんなに大変なのか、と目の当たりにしました。
私もこうして両親に育てられて、今があるのですね~(・_・、) しみじみ。。
大変なご恩です。お父さん、お母さん、ありがとう☆
あるのは 「今」 ☆ ~親鸞会講師のつぶやき~
今日から12月!
速い速い!!! 速いですね・・・・・・・
(12月だというのに、職場には、なぜか未だに 蚊 が出る。。。
いったい、どうなっちゃってるんでしょ~)
去年、
年賀状を書いた時のこと、、
紙粘土をこねこねして、作品を作っていたこと、
ついこないだのことのようなのに。。。
生きるとは、死へ向かっての行進。
ものすごい勢いで、時が過ぎ去っていることを思うと
恐ろしいです。。。。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
今日という日を役立てないで過ごしてしまえば、
それは永久に失われてしまう。
今日という日は、
昨日あれほどいろんなことをしようとしていた、
あの明日のことなのだということを
よく覚えておかなければならない。
そして、その貴重な今日という日も、
またやがて永遠の時の彼方に去っていってしまうということを
忘れないことだ。
昨日は取り消された小切手であり、
明日は約束手形にすぎない。
今日だけが法貨であり、
今日だけが流通性があるのである。
あるのは今日だけであるということを知ることによって、
今日という日の重要性を改めて思い知るのである。
桑名一央 『24時間の使い方』 より
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今日のことは今日せよといわれるが、
明日のことを今日するように心がけねばならぬ。
臨終になって、あわてふためいても手遅れなのだ。
高森顕徹先生 『随行録』
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今日のことは今日せよ。
明日のことも今日せよ。。
なかなか簡単にはいかないけれど、
少しでも近づいていきたい☆
春の来ない 冬はない♪~親鸞会講師のわくわく日記~
道ゆく木々に、「雪つり」がされています。
これも北陸の風物詩 ☆

自力かなわで流転せりの、
イバラの道をふみしめて進むのだ。
朝の来ない夜もなければ、
春の来ない冬もない。
やがて必ず信楽開発して、
日本晴れの世界に出させていただけるのだ。
相手も生かし 己も生きる~親鸞会講師のわくわく日記~
最近、ことに強く感じ、反省していること。。。
私って本当に、自分のことばーっかり、考えているなぁ。。と。
相手の立場を理解しようとせず
己れだけを主張する我利我利亡者の未来は
暗闇の地獄である。
光明輝く、浄土に向う者は、
相手も生かし己れも生きる
自利利他の大道を進まなければならない。
『光に向かって 100の花束』より
このお言葉、好きなんです。
相手も生かし、己れも生きる 自利利他の大道、進まなくっちゃ★
シブ柿の シブがそのまま 甘みかな★~親鸞会講師の日記~
みなさん、こんばんは☆
今朝の富山は雨でした。
だからいつもより寒い1日のスタートでした。。(よね??)
一雨ごとに、寒くなってゆく感じがいたします。
秋が深まっていきますね。
今日も柿を頂きました★
だから前回に続いて、今日も柿の写真。。
代わり映えしなくて、すみませーん<(_ _)>
でも今回は、3つだよ。
3つ並ぶと、またカワイイ♪ (^▽^)
近頃、柿の皮をむいている段階で、
この柿は、甘いか、それとも渋いか、
予想できるようになってきました。
皮は赤い色をしていても、
皮をむいてみると、白っぽくて、かたい感じのは、
渋いのが多いですね。
今日も1つ頂いたのですが、
包丁を入れた瞬間、
「…んん? なんだかこれは渋そう……」。。
一口食べてみると、やっぱり少し渋かった。
予想的中★
うーなんで渋いのー!
あぁ、でも、
この渋みのある柿を選んでしまった原因は、
わたしにあるんだよなーと思いなおし、
食べられない渋さではなかったので、
ぜんぶ頂きました。
ごちそうさまデシタ♪
この渋みが、天日に干されたら、甘みに転ずるのですから、
面白いですよね☆
だからこんな歌があります♪
渋柿のしぶが そのまま 甘みかな
柿の渋みが、そのまんま、甘みと転ずるように、
阿弥陀如来に救われたならば、
私たちを煩わせ悩ませる煩悩は、
そっくり、そのまんま、
幸せと転ずる、
といわれます。
不思議な世界ですね。
煩悩でできている、欲望の塊の人間。
その欲望を満たしきることができず苦しみ、
しかし反対に、
おさえることも、なくすこともできない。
煩悩具足の凡夫である私が、
煩悩あるがままで幸せになれる道を明かにされた親鸞聖人。
だから世界の光と仰がれるのですよね☆
悲しみもよろこびも、
不安も安心も、
災難も幸福も、
すべてが、
命一杯生きとげる純全な輝きに、
転じ変わってしまう。
不自由の中に自在の自由を満喫する「無碍の一道」こそが、
すべての人の求めてやまない究極の目的。
この「無碍の一道」について、
報恩講ではお話くださることになっています☆
親鸞聖人のご恩に報いる身とさせていただけるよう、
ともに光に向かって進ませていただきましょう(^▽^)
