東京で親鸞聖人の教えを学ぶ集いを紹介しています
こんばんは、ガッツダーです!
先日、日野市民会館にて、
王舎城の悲劇を通して、因果の道理について講演会でした。
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王舎城の悲劇とは、お釈迦様の『観無量寿経』に説かれています。
2600年前のバガダ国、
ビンバシャラ王とイダイケ夫人に起こった悲劇です。
その発端は、2人に子供ができないという苦しみの解決を、占いに頼ったことでした。
善因善果、悪因悪果、自因自果
仏教では、
善いのも、悪いのも、自分に現れる結果のすべては、自分のまいたタネであると教えられています。
こんな歌があります。
ナワをうらむ泥棒
苦しみの原因を間違えている者を笑った歌です。
泥棒が苦しんでいるのは、泥棒“悪い行い”をしたからなのに、
ナワを恨んでいるんですね。
自分に悪い結果がくると、
あいつのせいだ、
こいつのせいだ、と思うのは、
このナワをうらむ泥棒と一緒です。
因果の道理を知らされると、自分の迷った姿が知らされる。
と聞かせて頂きました。
帰り、会場の近くの公園を散策しました^^
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最近、近くに回転寿司ができたんですよ^^/
こんばんは、みさっち^^です。
今日は富山にて、ご法話を聴聞させて頂きました。
ご法話のレポートは改めまして。
いつも、ご法話の後に歌う「恩徳讃」について聞かせて頂いた、
講演会の内容をガッツダーさんが送って下さったので、ご紹介しますね。
先日、日野市民会館にて、「恩徳讃」について聞かせて頂きました。
「如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳は
骨を砕きても謝すべし」
阿弥陀如来から受けた大恩は、身を粉にしても足りない。
阿弥陀如来の本願を伝えて下された先生の御恩も骨を砕きても足りない。
これは、親鸞聖人が29歳で、苦悩の根元である無明の闇を断ち切って頂き、
「人間に生まれてよかったー」という生命の歓喜を獲た時の叫びです。
人の一生は 重荷を背負うて 遠き道を行くがごとし
天下を取り、征夷大将軍に登りつめた家康でも、
「死ぬまで重荷を下ろせず、歩き続けなければならなかった」と言い残し、
人間に生まれた喜びはありませんでした。
人生の目的を達成し、
生命の歓喜を獲させて頂いた阿弥陀仏の御恩は、
身を粉にしても足りない、と叫ばれています。
~ほっとひと息 横川SAにて~
バスで富山まで行く時、いつも止まる横川SAに、名物釜めしが売られています^^
“ありがとう”に想いを込めて。。素敵なポスターですね。
それでは、今日の講演会のレポートをお楽しみに♪
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