
「生きよ」と勧める意義
平成19年11月27日更新
自殺者が3万人を初めて超えた平成10年、世間は大きな衝撃を受けた。だが今年の発表も3万人超。これで9年連続である。驚きが薄れたせいか、各紙の扱いは年々小さくなるが、本当は9年連続の今のほうが、事態は一層深刻のはずだ。

政府は平成28年までに、17年の自殺死亡率を20パーセント以上減少させ、自殺者を24000人台まで下げることを目標としている。
確かに自治体ごとに相談窓口を増やし、救済措置がとられれば自殺者は減るだろう。だが、なぜか釈然としないものが残る。
死に急ぐ人が減るのは大事なことだが、なぜ死んではならぬのか?延びた命で何をするか?その肝心要はハッキリしているだろうか。それが曖昧模糊では、生きよと勧める意義が見えてこない。
世間では今また『歎異鈔』がブームのようだ。本願寺の学者から有名作家まで、いろんな人が解釈しているが、親鸞聖人が人生の目的、苦しくとも生きねばならぬ真実を説かれたとの記述は皆無である。
聖人の肉声を伝えるとされる『歎異鈔』。真の解説が待望される。